2011-05-16

BUILDERS WITHOUT BORDERS

 GVで一番感じるのが自分のHOMEである。去年行ったインドシアにしろ、今回のインドにしろ、想うのは同じ、帰る所だ。大きい広い世界を見て触れれば触れるほど、身近な小さいことを想うようになる。遠い異国で出会った家族の幸せを願って家を建てていると両親、姉、友達、恋人とか本当に大切な人の幸せを強く願うようになる。GVは私にとって、本当に大切なものの大切さに気付かせてくれる、そんな存在なのかもしれない。自分の本当に大切なものを大切に、幸せにできないで誰が世界中の人を幸せにできるのだ、そんなシンプルな話なのだが。
 
2回目のGV。リーダーとしてのGV。このチームで終始考え続けてきたのが『私たちがworkをしにいく意味』である。答えは知っていた、頭ではテキストを読んだかのように理解していた。しかしそこに確かな実感は全くなかった。絆や信頼関係がhouseではなくhomeをつくる。チームのメンバーにはよくこのことを事前から話していたし、先輩からも何度も聞かされてきた。だからこそ今回このGVで私はリーダーとしてとかそんなこと関係なく、純粋にそれを実感できたことに言葉にならない嬉しさを感じた。

 今回workをした村は本当に温かかった。遠く見知らぬ日本という国から来た学生を心から歓迎してくれた。個人的に感じただけだが、家を建てにきたことを、ただ労働力として感謝してくれたのとは違う気がした。「ボランティアとして異国の学生がわざわざこんな何もない貧しい村に、自分たちを想ってきてくれた」純粋にそのことを喜んでくれているような気がした。初めて村を訪れたその日から「ただ家を建てるだけじゃなく、できること全てをこの村の人たちに残して帰りたい」そう強く思った。

 ホームオーナーの元々住んでいる家は想像以上に悪い環境だった。草を編んだだけの穴だらけで脆い屋根と壁、雨風は容赦なく彼らを悩ませる。蛇、蜘蛛、ネズミなどの侵入は子どもの命をも危険にさらす。考えてみて欲しい。冷たい雨が滴り、水浸しになる自分の家を。夜寝ている間、蛇に噛まれるかも知れないと怯える日々を。何よりもまず彼らに安心して暮らせる家を手に入れてほしいと、強い使命感を感じた。

 ホームオーナーにインタビューしたとき彼らは希望に満ちた笑顔で口々にこういった。「夢は今建てている家が完成することだ」と。私たちは彼らの夢を叶える手伝いをしているのだと、自分たちのちっぽけな力にものすごく意義を感じた。同時に私たちができることはその家を建てるという夢を叶え、新たな夢を膨らませることだと思った。私たち含め多くの人が関わって建てたこの新しい家で、また新たな夢や希望が生まれる。たくさんの人の想いが、一緒に建てた思い出が詰まった家、きっとその後の大きな原動力になるだろう。

 「あなたにとって家とは?」habitatで活動してよくこのことを考えるようになった。今の私は「夢の始まりの場所」そう答えるだろう。安心できるからこそ夢が生まれる、大切な家族がいるからこそ夢が生まれる、ゆっくり眠れるからこそ明日の夢が生まれる。家があるから未来に選択肢が広がり夢をもてる。ただ雨風しのげる箱、いわゆるhouseではない。未来の原動力となる始まりの場所、それがhomeなのだと。

 「私たちが現地に行く意味とは?」今回インドに行って強く感じたのが幸せの価値観を押し付けてはいけないということだ。日本という恵まれた環境で育ってきてどうしても自分より苦しい生活をしていると、貧しい人に対して「かわいそう」と感じてしまう。しかし村の人たちは貧しいながらもとても明るく幸せに暮らしていた。きっとこんな貧しくて不便な村は出て、もっと都会の豊かで便利な生活をしたいだろうと。しかし村の人たちは「この村が大好きだ」「貧しくて不便ではあるけどずっとこの村で暮らしたい」そう話していた。

 日本にいてテレビで見るだけでは分からない。「インド=貧しい=不幸せ」というフィルターを介してしまう。そんなフィルターをとおしている限り、彼らの本当の望みは分からない。何に困っているかは分からない。今回私達がworkを通して、お金のあるない関係なく、フィルターを取っ払い一緒に対等な人間としてworkで汗を流したことは大きな意味があったと思う。
 このことはGV、インドにかぎったことではなくすべてに通じて言えるだろう。世界中のそんな分厚いフィルターがなくなり、国境を隔てずにすべての人間同士が対等に関わったら、それこそ世界は一つになれるのだ。
 
 ~Builders without borders~
 私達は国境を取払い、希望を建ててきた。

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